太陽電池を僕は昭和40年頃研究していました。
僕は宮崎県宮崎市の工業高校を卒業しました。
在学中は電子科と言ってテレビやラジオなどの弱電関係の勉強をしました。
クラブ活動は「物理部」でした。
工業高校なのに部員の少ないクラブで、何故存在してるか不思議なくらいでした。
その頃、工場などが交流から直流を得る為の装置に
「セレン整流器」というのが使われていました。
この整流器は5、6cm位の鉄製円盤の上にセレンという物質を塗り、
その面を保護する為の薬品(薬品名不明)が塗布されていました。
これを何十枚か(丁度そろばんのように)並べたものでした。
ただし、一台は3列か4列で出来ていました。
それを度々部室で目にしていた僕は、ある日そのセレン整流器の円盤一枚一枚を
加工することで光発電をするという文章を何かの本の中に見つけました。
そこで、クラブ担当の先生に説明し、セレン整流器を解体する許可を貰いました。
それを電気コンロで熱し、保護幕を除去しましす。
その方法で保護幕を取った物を数枚用意し、
鉄板部分とセレン部分に電極を付け、直列につなぎます。
そして、セレン面に照明を当てると、
数ボルトでしたが発電に成功しました。
それからは保護幕の除去方法や、セレン面の状態を色々変化(塗布量を増減するとか)
させたり研究していましたが、先見の明がない僕は途中でやめてしまったのです。
あの時、研究を続けていれば億万長者だったかも知れませんね ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ
その事を時々思い出しては、悔し涙にくれる日々を送っています。
発電に成功した時は、飛び上がるほど喜んだのですが、
その先を読めなかったのが駄目でしたね。
凡人の凡人たる所はこんな所に現れるものです。
「 凡人は 凡人以外 生きられず 」
今日は1句しか出来ませんでした。
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